この指 とまれ
 


     2



実年齢からすればやや小柄な方かもしれないが、
それでも成年男性として、そしてそして裏社会の大立者として、
ちょっとした立ち居へもさりげない威厳や貫禄をまとっていた、
ポートマフィアにその人あり (最近 めっきり箱入り幹部だが) こら
地上のいかなるものでもねじ伏せられる、最凶の重力使いの中原中也さんと。
冷酷な死の象徴のように、寡黙にして漆黒の痩躯を闇の中に滲ませて、
凍りつくよな射干玉の双眸で標的を睨み据え、
地獄の魔犬とはこのやうな生き物か、凶暴な黒獣を黒衣よりほとばしらせる、
その名も“羅生門”という必殺の異能を操る芥川龍之介くんと。
涼やかに冴えた風貌は、どちらも世の女性らを骨抜きにしよう精緻な美々しさと、
許容の深さという次元での力持つ者がまとう
頼もしき余裕のようなものとをその雰囲気に滲ませて。
すっくと伸ばされた背条も凛々しき、
それはもうもう頼り甲斐のあろう、いっぱしの男衆であったはずなのに。

 「…えっとぉ?」

廃倉庫の砂混じりの床へ、痩せ気味の作業服の男を押さえつけ、
身柄確保にと踏ん張っていたのは、
どう見ても4、5歳児という年恰好に縮んでしまったマフィア組の二人であり。
膂力も体重もずんと小さくなったろに、それでも標的は離さなかった執念はお流石で。
恐らくは中也の重力操作で押さえつけ、
暴れた末に肝心な物を潰すなりして処分されぬよう、
芥川の黒獣が細い紐状になってあちこちをまさぐった末に摘まみ出したのが、
小さなスティックタイプのフラッシュメモリ。
それを

「でかしたぞ、あくたがわ。」

気のせいでなければ、やや片言っぽいひらがな口調で褒めたたえた中也くんが受け取り、
ずんとサイズが合わなくなったスーツのポケットまさぐって、
何とか掴み出した携帯端末へ差し込むと、
中身の精査にかかる。
愛らしい指でタッチパネルをえいえいとタッチし、
途轍もない速さで流れるようにスクロールされてゆくデータへ
愛らしい空色の双眸を走らせていたが、

「…っかしいな。ウチのファイルがない。」

特殊な検索か、画面一面にPC言語の羅列が広がるよな開きようをしてまで調べて、
それでも目的のファイルは収納されてはないようで。
おかしいなぁと怪訝そうに小首を傾げる、ぶかぶかな帽子の君なのへ、

「もしかしてキミら、近々どっかへの大掛かりな掃討作戦構えてないか?」

ますますのこと、その差異が大きく開いた、それはのっぽな砂色外套のお兄さんが、
こちらも携帯端末を操作しつつ、遥かな頭上からそんなお声を掛けてくる。
なんだよあおさば と、
精いっぱいの威嚇を込めた目線で睨みつつ、
勢いよく顔を挙げた反動で…重心が偏りすぎてか仰のけに引っ繰り返りそうになり、
慌てた芥川くんに支えられもって見上げた先から降って来たのは、

「もしかしてそこの連中に、
 戦力としての頭数を減らすべく、ガセな情報で釣られたのかもしれないよ?」

「うう…。」

いち早くを優先させて 裏取ってないんだろ。森さんたら時々そういう雑なことするよねと、
曽ての養い親に向かって相変わらず容赦のない批評でこき下ろし。

「まあ こんな他力本願なこすい根回し構えるよな相手なら、
 キミら重鎮がいなくとも数でかかって何とでもなるという腹かもしれないが。」

すらすらと伸べられた推測は、さすが、
あのままマフィアに居れば 森の跡目を継ぐ後継者たらんとまで言われた最適解の申し子らしき見解で。
成程その通りなのだろうなと、意気消沈した二人だったのへ、

「さて、このままマフィアの本拠へ戻るかい?」

太宰が畳みかけるよに言葉を掛ける。
二人とも体が縮んだため、大人用の服の中で泳いでいるよな状態なのへ、
何とか重い外套を脱がせると、内着だったシャツやブラウスの袖を折ってワンピース状態になるよにし、
それだけでは寒かろと、中也のものだったジャケットと内衣をそれぞれの小さな肩へ羽織らせてと、
敦があれこれ手を掛けていた間に、
太宰は取り押さえられていた情報屋への対処として手持ちの手錠をかけており、

 『私に触れてもその異能は効かないよ?』

残念だったねとにんまり笑ってやりつつ、簡単な事情聴取を進めていたらしく。
軍警から捜査依頼があったそれじゃあない、
個人から依頼のあった案件ではあれ、それも義務なのでと異能特務課へ異能者収容の報を告げてから、
こちらのお仲間へそれは晴れやかににっこり笑って問うたのが、先の一言であり。

「あ奴の申告では異能解除には2日はかかるんだって。」

太宰が自分の背後を顎で示して見せた先、
倉庫の入り口をフレームのようにした明るみの中で、別な経緯が展開されており。
こちらの二人が敦が見守る中でデータを解析しているのと並行し、
前もっての打ち合わせをしてあったとしか思えぬ速さで駆け付けた特務課の係官へと
項垂れもって引き渡されている情報屋の姿がそこにはあって。
目串を差してたメモリは彼らが手にしたそれに間違いはないらしいので、
情報屋の身柄自体へはもう用はないらしかったものの、
掛けられてしまった異能が解かれてないままでは困ると顔を上げ、

「手前の無効化は?」

さっき頭をぽんと叩かれても解けなんだ以上、
仕掛けた本人へ触れればいいのではと息巻いた中也だったが、

 「効かないのだよ。」

それへは溜息交じりに太宰も肩をすくめる。
彼とて、大事にしている芥川まで巻き込まれた事態なのだから、
いい加減や中途半端には済まさぬだろうが、

「垂れ流しタイプってやつ?
 今の今まで何の制御も出来ないままにしていたらしくてね。」

大事な取引相手がうっかり子供になったらどうしたんだろうね。
逃亡の手段として使っていたほどに自覚があったのなら尚のこと、
少しくらいは制御できるよう、頑張るもんじゃないのかなと呆れつつ、

「なので、自然解除されるのに2日。
 その間、首領やエリス嬢や紅葉の姐さんから、
 あれこれ煌びやかな着せ替えごっこに付き合わされるか、」

わあ そんなアットホームなことする組織なんですかと、
傍で聞いていた敦が小さく苦笑するも、
当事者である二人にはそれどころではないようで。
うううと小さな口許を同じくらいの角度で引きつらせたのが ちょっと意外。
そこへと、

「有給取った私たちと共に、事情聴取という名目の下で時間つぶしをするか。」

 おや

自分も得をする手配だからなのだろうが、
それでもなかなか気の利いたこと、さっさと社長に連絡取って進めていた太宰だったらしく。
少々口惜しげに、それでもちらと、
立ったままだと背が高すぎるため、膝に手を置きやや屈む格好でこちらを見下ろす敦を見上げ、

 「その方が ましじゃああるしな。」

世話になるということか、やんわりとした笑みを浮かべている敦へ
小さくなったため手套も脱げ落ちたままの白い手を伸ばした中也であり。
可憐なお手々を引き取った敦はといや、

「うあぁあ、可愛いなあ、中也さんたら。」

自身の懐の中へ可憐な幼子をそおと引き入れ、
壊れものでも扱うかのように、それでもきゅうと抱きしめてしまう。
勿論のこと、蕩けそうな満面の笑顔で。
明らかに “愛玩物へ”というよな扱いへ、
むむうとお顔をしかめた小さな伊達男さんはといや、

「…可愛いはやめろ。」

ついつい文句も出るというもので。
そのあどけないお顔で何とか頑張ってしかめっ面を作ったものの、

「だって。もともと美人さんだったのが、小さくなったらこんな可愛いなんて。」
「小さくねぇ。」
「幼くなってって意味ですよぉ。」

ついつい禁句に等しい “小さい”を文言に載せてしまったほどに
敦が惚れ惚れうっとりと、そんな賛辞を口にしてしまったのも道理。
茜色の髪は軽いくせっ毛で、甘い色合いそのままに真新しい絹のような柔らかな感触。
日頃は力みの方が勝さってやや尖った冴えを見せるところが、
今は丸みが勝ってのこと、いとけない双眸に座った蒼い瞳は
丁寧に磨いた深青宝珠のように濃い色の光を含んで澄み。
色白な頬は淡雪みたいな柔らかさが増し、
表情豊かな口許はそっと触れてみたくなるよな淡い緋色が柔らかく弧を描く。
芥川もまた、冷徹そうな険がすっかり拭われて、
たどたどしくもどこか心細げな様子が見る者の庇護欲を掻き立てる、
どこか頼りなさげな幼子になり替わっており。
短い前髪の下、白いおでこもすべすべで可愛らしく。
濡れた深色の瞳を据えた目許を縁取る睫毛が、瞬きの音が聞こえそうなほどに長い。
青年となった面差しの中では、切れ長で凛々しいばかりな双眸だが、
幼いころはこうも大きいそれだったのか、
真ん丸で虹彩の大きな目許がきょろりと上目遣いになって
自分よりも上背のある太宰や敦、
自分と同じくらいになってしまった中也を落ち着きなく見回していたが、

「元に戻るのは明後日ですね。どうします? ボクんちに来ますか?
 勝手がいいように中也さんチで様子を見ましょうか。」

きっちり48時間という保証もないこと。
今身につけてた衣服を持ってゆくにしても、
物資が揃っているのはどちらかといや中也の自宅の方だろうし、
彼らの職場への連絡や、
幼い身へのセキュリティを考えてもそちらの方が万全には違いなく。

「そだな。ウチに行こう。」

テキパキ、これからの行動を決めている中也や敦の様子に、
覚束ぬように視線を揺らし、
あわあわと何故だか少々焦ったようにして見せていた小さな黒の覇王様へは、

 「さあ、芥川くんは私と帰ろうね。」

さも当然と、こちらもしゃがみ込んで目線を合わせた太宰が
そりゃあやんわりと微笑んで手を伸べてきたけれど。

 「…だじゃしゃん。」

ぐみの実のように小さな口許からポロリと零れた
うまく回らぬ舌っ足らずな声は、か細くなってのやや高く。
とろりと甘いシロップをまとわせたよなそれへと変わっており。
おおお、変声期前はこんな声だったのかと、
初めて聞いた敦が わあなんて感動気味に目を見張ったのへ、
くりんと振り向き、互いの視線を合わせたそのまま、

 「……。//////////」
 「え?」

まるで淑女へのいざないのように
それは優しく伸べられた太宰の手からその身を遠ざけ。
とたとたと数歩ほどの間を埋めるよに歩んで、
中也を掻い込んでいた敦の二の腕へ紅葉のような小さな手でしがみつく。
大きなお兄さん二人が揃って“え?”という、
思わぬ不意打ちをされたよな顔になった空気の中、

「…。///////////」

ふわふかな頬を敦お兄さんの身へ擦り付けるようにぎゅむと伏せ、
付いてゆくならこっちと言わんばかりな態度を取った、
小さな小さな龍之介くんだったのである。




  ◇ おまけ ◇


一応の連絡をと、中也が自分の腹心と芥川の部下である樋口とへ知らせたところ。
腹心の青年はおやまあと驚きはしたようだが、
多くは語らず語らせず、ただ “承知しました”と返してきただけ。
きっと、中也が抜けることとなった掃討作戦とやらの
攻勢展開の立て直しにかかるのだろう。
一方、樋口の方はというと

 【そんな…お二人が異能の餌食になっただなんて。】

問題の掃討作戦の打ち合わせ中だったか、傍に他の部下もいたようで。
尊敬してやまぬ先輩たちが悲惨なことにと顔を引きつらせた彼女の様子に
周囲も異変を察したのだろう、しんと静まり返ったそれから、

 【いいか野郎どもっ、
  中原幹部と芥川の兄人の弔い合戦だ、気ぃ抜くんじゃねぇぞっ!】

 「死んでねぇわ、縁起でもないっ!!」

携帯端末からあふれてきた怒号に、中也の幼くなった声が勝てたとは到底思えず、

 「相変わらずだねぇ、そっちの脳筋たちは。」
 「〜〜〜〜〜っ

太宰からの揶揄の声に、庇いたくとも正にその通りの様相ならしいので、
憤懣やる方ないと渋面作った中也くんだったのでありました。





 to be continued. (17.11.15.〜)




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 *話がなかなか進まない悪い癖 再びです。
  そんな大層な話じゃなかったのになぁ、う〜ん。